
健康茶の1つとして有名な「桑の葉茶」。
口にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
しかし冷静に考えてみると「桑の葉」と「お茶」の関係性にちょっと違和感を覚えます。
お茶といえばふつうは、茶の木の葉を摘んでつくるもの。
一方で「桑の葉茶」は、茶の木とは縁もゆかりもない、桑という木の葉でできています。
では、この一杯のもとになっている桑とは、そもそも何者なのでしょう。
今回は、湯のみの向こうにいる桑という木の素顔から、その葉が一杯に変わるまでを、追いかけてみます。
桑の葉って、どんな葉っぱ?
まず、桑の木というものについて眺めてみます。
桑は、クワ科クワ属の落葉樹。
放っておけばぐんぐん背が伸び、低いものでも5メートルほど、大きく育つと10メートルを超えることもあるといわれます。
ただし、畑で育てる桑は話が別です。
低く刈り込んで仕立てるのがふつうで、桑畑に並ぶ桑の木は、茶畑とよく似た背の低い木に見えるのです。

↑桑畑
同じ木でも、葉の形が変わる
その葉を一枚、手に取ってみます。
ふちには、あらいギザギザがぐるりと並んでいます。
このギザギザはどの桑の葉にもありますが、面白いことに「葉そのものの形」は木が若いか育ったかで変わります。
若い木の葉は、手のひらを広げたように深く裂けていることが多い。
それが木が育つにつれて、裂け目のない、ハート形に近いまるい葉をつけるようになります。
この桑の木を、昔の人は日本中にたくさん植えていたのです。
では、いったい何のために。


↑いろいろな形の桑の葉
日本中の桑は、お茶のためではなかった
桑が日本中で育てられてきたのは、お茶にして飲むためではありません。
その葉を食べさせる相手がいたからです。
蚕(かいこ)です。

↑蚕
蚕だけが食べられる葉
蚕は、絹をつくるあの虫です。
そしてこの虫、口にするものが決まっていて、桑の葉しか食べません。
ほかの葉には見向きもせず、桑の葉だけで一生を過ごすのです。
ここに、ちょっとした不思議があります。
桑は、葉や枝を傷つけると、切り口から白い乳液をにじませます。
この白い汁は、虫から身を守るための物質だとされていて、多くの虫にとっては毒になるとされています。
ふつうの虫なら、うかつに桑の葉をかじれば痛い目にあう。
ところが蚕だけは、この白い汁を平気で食べて、こなしてしまう。
多くの虫が手を出せない葉を、蚕は堂々と独り占めしているわけです。
面白いのは、桑という名前そのものにも、この蚕が隠れていることです。
蚕が「食う葉」だから「くうは」、それが縮まって「くわ」になった、という説があります。
もう一つは、蚕の葉という意味の「蚕葉(こは)」の読みが変わって「くわ」になった、という説。
どちらにしても、桑という名前は蚕あってのものだった、といわれているのです。

↑蚕と桑の葉
桑畑が、日本の近代を織った
蚕が桑の葉を食べ、糸を吐く。その糸が生糸になり、織られて絹になる。
桑からはじまるこの一本の糸が、かつて日本を支えた時代がありました。
1900年ごろには、日本は中国を追い抜いて、世界一の生糸輸出国になっています。
その絹のおおもとにあったのが、全国の桑畑です。蚕を飼うには、まず桑を育てなければなりません。
養蚕がさかんだったころ、日本には桑畑を表す専用の地図記号がありました。
田んぼや畑と並んで、桑畑だけのための記号が地図に刻まれていた。それだけ、桑畑はありふれた風景だったのです。
その地図記号が、2013年に地図から姿を消しました。
戦後、絹に代わる化学繊維が広まり、中国から安い生糸も入ってきて、蚕を飼う家が減っていったからです。
蚕がいなくなれば、その餌を育てる桑畑もいらなくなる。
日本中を埋めていた桑畑は、こうして地図記号ごと、風景から消えていったのです。


桑の葉が、一杯のお茶になるまで
さて、話を桑の葉茶に戻します。
桑の葉茶は、摘んだ葉をそのまま乾かせば飲める、というわけではありません。
桑の葉には、独特の青臭さがあります。そのままでは、お世辞にもおいしいとはいえません。
そこで、いくつかの手間をかけます。
まず、摘んだ葉を蒸気で蒸しあげます。
次に「揉捻(じゅうねん)」といって、葉を揉んだり、ぎゅっと押さえつけたりする。
それからじっくり乾燥させ、最後に釜で炒ります。
この仕上げの焙煎で、鼻についていた青臭さが飛び、代わりに香ばしい香りが立ってくるのです。
蒸して、揉んで、乾かして、炒る。
蚕が食べていたあの葉は、これだけの手間を越えて、ようやく一杯のお茶になっていたのですね。

まとめ
一杯の桑の葉茶を入口に、湯のみの向こうの桑という木を辿ってきました。
- 桑はクワ科の落葉樹で、若い木ほど葉の切れ込みが深く、育つとまるいハート形に近づく
- その木を日本中で育てたのは、お茶のためではなく、桑の葉しか食べない蚕のため
- 桑からはじまる絹が日本の近代を支え、桑畑には専用の地図記号まであった(2013年に廃止)
- 桑の葉茶は、葉を蒸し、揉み、乾かし、炒ることで、青臭さを香ばしさに変えている
ただの健康茶だと思っていた一杯の裏に、かつて蚕を養い、絹を生み、日本を支えた木がいました。
次に桑の葉茶を口にするとき、その葉がかつて何を養っていた葉なのか、ほんの少しだけ思い浮かべてみてください。






