
秋になると、街のイチョウ並木が黄色く色づきます。
見上げれば美しいのに、足元では話が別。
うっかり実を踏んでしまって、あの独特の臭いに顔をしかめた経験のある方も多いのではないでしょうか。
甘いような、酸っぱいような、それでいてどこか足の裏を思わせるような、なんとも複雑な臭い。
「それにしても、なんでこんなに臭いんだろう」
見た目の美しさとのギャップも相まって、一度気になると素通りしづらい疑問です。
今回は、その銀杏の臭いの正体と、なぜそんな臭いを放つのかを、少し辿ってみようと思います。






臭いの正体は、食べる部分ではなかった
まず意外なところから。
あの強烈に臭う部分は、実は私たちが食べているギンナンそのものではありません。
道で潰れているのは、種を包む果肉のような外側の部分。
「外種皮(がいしゅひ)」と呼ばれるところです。
食べるギンナンは、そのさらに内側にある種の、中身にあたります。
「ギンナンの皮」と聞くと、焼き銀杏で割る、あの白くて硬い殻を思い浮かべる方が多いかもしれません。
じつはあの殻は、種を包む皮の2層目。
その外側に、もうひとつ果肉のようなやわらかい皮(外種皮)がかぶさった、3層構造になっているのですね。

↑3層構造のイメージ
つまり、道に落ちているあの一粒は、「実」ではなく、まるごと「種」。
イチョウは、桃やリンゴのような果実をつくらない植物(裸子植物といいます)なのです。
さて、この3層構造の一番外側(=外種皮)は、やわらかく脂を含んでいて、熟すとぐずぐずに崩れやすくなります。
だから臭いがはっきり立つのは、それが地面に落ちて潰れたとき。
私たちが臭いに気づくのが、たいてい見上げた枝ではなく足元なのは、そのためというわけです。
では、その外種皮はなぜあんなに臭うのか。
主な原因は、酪酸(らくさん)やヘプタン酸といった脂肪酸系の成分だとされています。
名前だけ聞くと初耳のものだとは思いますが、意外にもそれは“いつも身近に感じている”もの。
酪酸は、汗ばんだ足の裏や、少しクセのあるチーズの臭いと同じ仲間。
ヘプタン酸も、古くなった油のような、つんとした臭いを持つ成分です。
ちょっと下品な表現かもしれませんが、銀杏を踏んだときの臭いは「なんだか足の裏っぽい」ものと同じだったのです。

なぜ、わざわざ臭いを出すのか
正体がわかると、次に浮かぶのは「なぜそんな臭いを持つのか」という疑問です。
これには、はっきりした一つの答えというより、いくつかの説があります。
ひとつは、強い臭いで動物を引き寄せ、種を食べてもらって遠くへ運んでもらうため、という考え方。
植物は自分で歩けませんから、種を広げるには誰かの力を借りるしかありません。
もうひとつは逆に、あの臭いや果肉の成分が、種を食べようとする虫や菌を遠ざける役割を持つ、という見方です。
引き寄せるためなのか、遠ざけるためなのか。
正反対のようですが、どちらも「種を無事に次の世代へ残す」という一点では同じ方向を向いています。
私たちには困りものの臭いも、イチョウにとっては生き残るための工夫だったのかもしれません。
ちなみに、あの臭う種をつけるのは雌の木だけ。
イチョウには雄と雌があり、街路樹で臭いが問題になるのは雌の木が植わっている場所、ということになります。
なお、外種皮は素手で触るとかぶれることがあるといわれます。拾うときは念のためご注意を。

あの臭いは、恐竜も嗅いでいた?
もうひとつ、時間の話を少しだけ。
イチョウは「生きた化石」と呼ばれることがあります。
はるか昔から姿をほとんど変えずに生き延びてきた、とされる植物です。
恐竜が歩いていたような時代から、イチョウの仲間は地上にあったといわれています。
もしそうなら、あの臭いもまた、気の遠くなるほど長い時間をかけて受け継がれてきた戦略の名残なんですね。
はるか昔に種を運んでいた動物は、今はもういないのかもしれない。
そんな想像まで広がると、道端で顔をしかめたあの臭いが、急に壮大なものに思えてきます。

まとめ
銀杏が臭う理由をたどると、二つのことが見えてきました。
臭いの正体は、食べる部分ではなく外側の果肉状の部分で、酪酸などの成分によるもの。
そしてその臭いは、種を運ばせるためとも、守るためともいわれる、イチョウなりの生き残りの工夫だということ。
厄介に感じていたあの臭いも、理由を知ると少し見方が変わります。
次の秋、イチョウ並木で足元に気をつけながら、そんな長い物語に思いを馳せてみるのも面白いかもしれませんね。


