
落ち葉で埋まった道を歩いていると、すぐ隣で平気な顔をして緑を保っている木に気づくことがあります。
まわりの木はすっかり裸になっているのに、その木だけは冬でも青々としている。
一方は落葉樹、もう一方は常緑樹なのですが、同じ樹木でありながらどうしてこうも違うのでしょうか。
そこにはちょっとした生き方(生存戦略)の違いがありました。
今回は、そんな「落葉樹と常緑樹の違い」について、辿ってみようと思います。
落葉樹と常緑樹の違いは「冬の越し方」にある
基本的な両者の違いはとてもシンプルです。
寒い季節に葉を落とすのが落葉樹、葉をつけたまま冬を越すのが常緑樹。
見分けるだけなら、それだけの話です。
ただ、面白いのはその奥にある理由のほうです。
葉を落とすか落とさないかは、じつは「冬をどう乗り切るか」という生き方の違いだと考えられています。
落葉樹の戦略と、常緑樹の戦略

↑落葉樹と常緑樹の違いのイメージ
葉というのは、木にとって光合成をするための大切な工場です。
けれど冬になると日ざしは弱まり、地面は凍って水も吸い上げにくくなります。
そんな季節に葉を残しておくのは、働きの少ない工場を暖め続けるようなもの。
そこで落葉樹は、割に合わなくなった葉を思い切って手放します。
葉を落として活動を最小限にし、春が来るまでじっと休むわけです。
薄くて広い葉は、たくさん光を受けられるかわりに、冬の乾いた空気の中では水分を失いやすいという弱点もあります。
夏のあいだしっかり稼いで、割に合わない冬は店じまいする。そんな季節労働のような暮らし方だと言ってもいいかもしれません。
一方の常緑樹は、葉を残すという別の道を選びました。
厚くて丈夫な葉や、細くて小さな葉で寒さや乾燥に耐え、少ない光でも細々と活動を続けられるようにしているとされています。
捨てて守るか、残して耐えるか。
冬という同じ試練に対する、答えの違いなのですね。

常緑樹も葉は落ちている――「緑が絶えない」だけ
ここで一つ、勘違いされやすいところに触れておきます。
常緑樹は、けっして葉が永遠に落ちない木ではありません。
古くなった葉は、常緑樹でもちゃんと落ちています。
ただ、落葉樹のように一度にまとめて落とすのではなく、少しずつ入れ替えているのです。
古い葉が落ちる前に新しい葉が育っているので、木全体としてはいつも緑を保っているように見える。
「緑が絶えない」だけで、「同じ葉がずっとついている」わけではないのですね。
面白いのは、常緑樹に多いマツの葉の形です。
あの細くとがった針のような葉は、針葉と呼ばれます(同じ常緑でも、スギのようにうろこ状の葉を持つ木もあります)。
葉が細いと、外気に触れる表面積が小さくなります。
それに加えて、常緑樹の葉は表面が丈夫にできていることもあって、水分が逃げにくく、寒さや乾燥にも耐えやすいと考えられています。
冬を越すために葉を残すと決めた木が、その葉自体もまた冬向けに仕立てている。
そう思って眺めると、あの地味な針の葉にも、生存戦略の一端が感じられますね。

↑松の葉
身近な木で見分けてみる
理屈がわかったところで、身近な木で当てはめてみましょう。
春に花を咲かせるサクラ、秋に黄色く色づくイチョウ、街路樹でおなじみのケヤキやモミジ。
これらは冬になると葉を落とす、代表的な落葉樹です。
一方、門松に使われるマツ、山を覆うスギ、庭木のツバキなどは常緑樹の仲間。
冬の景色の中で緑を残しているのは、たいていこちらの木たちです。
見分け方はいたって簡単で、冬に葉があるかどうかを見ればいい。
葉のない枝だけの姿なら落葉樹、緑の葉をつけていれば常緑樹、というわけです。
もっとも、世の中にはどちらとも言い切りにくい木もありますし、暖かい地域と寒い地域では同じ種類でも振る舞いが変わることがあるようです。
そのあたりは、あまり厳密に考えず、冬の姿を見分けの目安くらいに思っておくとちょうどいいのかもしれません。

↑椿の葉

↑銀杏の葉
まとめ
落葉樹と常緑樹の違いは、冬に葉を落とすか残すか。
その裏には、冬をどう生き抜くかという、それぞれの木の選んだ道がありました。
葉を落とした木も、緑を守り続ける木も、どちらも冬を越すために工夫している。
そう思うと、冬枯れの景色も青々とした常緑の木も、“生命の営み”のように思えてくるのではないでしょうか。


