
焼き栗、栗ご飯、モンブラン。
秋の食を楽しませてくれる代表選手、栗。
ところが、その栗がどんな木からぶら下がって落ちてきたのか——
意外と“実以外のこと”は知らなかったりします。
そして、初夏のあいだだけ、ちょっと鼻をつく独特の匂いが漂っていることも。
今回は、そんな食べてばかりで考えたことのない「栗の木」について、その特徴を辿っていけたらと思います。






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栗の木に、まず「匂い」で出会う
いきなりですが、栗の木がいちばん自分の存在を主張してくるのは、秋ではありません。
実のなるずっと前、初夏のころです。
栗は、高さ15メートルから20メートルほどになる落葉樹。
葉は細長い楕円で、縁には針のように尖ったギザギザが並びます。
6月ごろから7月のはじめにかけて、その枝先に、黄白色の細長い穂のような花を、やや上向きにいっせいに咲かせます。
このとき、木のまわりに独特の匂いがただよいます。
甘いとも言えない、生臭いような、どこかむっと鼻に残る匂い。
近所に栗の木があれば、「この時期だけ妙な匂いがするな」と感じたことがあるかもしれません。
あれが、栗の花の匂いです。


↑栗の花
あの匂いは、虫を呼ぶための仕掛けだった
では、なぜ栗の花は、人にはあまり歓迎されない匂いを出すのでしょうか。
ここが、栗という木のしたたかなところです。
この匂いを調べた研究によると、栗の花は、腐ったものが放つ匂いとよく似た成分を出しているのだそうです。
人にはただの妙な匂いでも、ハエの仲間にとっては「そこに腐ったものがある」という合図。
腐ったもののふりをして虫を呼び、寄ってきた虫に花粉を運ばせて、まんまと受粉をすませてしまう。
きれいな蜜で誘うのではなく、においで虫を手玉に取る。
なかなか食えない木なのですね。
ちなみに、この匂いは花だけの話で、木材になった栗の匂いはまったく別物です。
切って材にすると、ほのかに甘苦いような、おだやかな匂いに変わります。
花のクセの強さを思うと、少し意外な落差です。

ハエをだまして運ばせてたのか!?



蜜も出さず、マニアックな匂いで虫使いとは。ちゃっかりしてるナ。


↑栗の木
3年で実る木
虫までだまして受粉をすませる、その執念。
では、そこまでして受粉した木は、どのくらいで実をつけるのでしょうか。
ここで思い出したいのが、「桃栗三年柿八年」という、あの言いならわしです。



“桃栗三年柿八年”ってきいたことあるけど本当なのか?



所詮誰かが考えた語呂合わせダロ。怪しいもんダ。
「桃栗三年」は、ほんとうだった
この「栗三年」は、ただの語呂合わせではありません。
接ぎ木の苗から育てた栗は、おおよそ3年で実をつけはじめるとされます。
果樹の中では、かなりの早さです。
種から育てた場合はもう少し時間がかかり、実がなりはじめるまで5年ほどとされます。
それでも、柿が8年と言われるのにくらべれば、ずいぶん気の早い木です。
そうして実った栗が、あの硬いトゲのイガに守られているのも、よくできた話です。
イガは、せっかく実らせた種(栗の実)を、動物にかんたんには食べさせないための鎧のようなもの。
匂いで虫を使い、トゲで動物をはばむ。
実を残すためなら手段を選ばない、という感じがします。


腐らない木|線路の下を支えた栗
実を守ることに、これだけ念の入った木です。
では、木そのものはどうか。切って木材にしたとき、栗はどれくらい強いのでしょうか。
結論から言うと、栗はとびきり丈夫な木材です。



実を守り、身も丈夫とは。隙のない木ダナ。



オレ強い木好きだぞ!
防腐剤いらずで、線路の下へ
栗の木材は、タンニンという成分をたくさん含んでいます。
このタンニンのおかげで、栗は水に強く、腐りにくく、虫にもめっぽう強い。
木材にとっては、まさに三拍子そろった頑丈さです。
その強さがよくあらわれているのが、鉄道の枕木です。
枕木は、線路の下で雨や泥にさらされ、重い列車の重さを受けつづける、過酷な場所にあります。
ふつうの木材なら、防腐剤で処理をしなければすぐに腐ってしまう。
ところが栗は、薬の処理をしなくても、素のままでそこに耐えられたのです。
だから栗は、かつて枕木の主役として重宝されてきました。
線路の下という、人目につかない場所で、栗はその丈夫さをずっと発揮していたわけです。
(いまでは枕木の主役はコンクリート製にうつっています)


↑枕木
木材としての見た目にも、栗らしさがあります。
年輪のきわに大きな穴(道管)がぐるりと並ぶため、木目がはっきりと浮かび上がる。
広葉樹は、この道管の並び方で木目の出方が変わります。
(そもそもこの道管があるかないかが広葉樹と針葉樹を分ける境目だという話は 道管でわかる広葉樹と針葉樹のちがい に書きました)


栗のように、年輪の境目に大きな道管が輪になって並ぶ木は「環孔材」と呼ばれ、ケヤキやナラ、タモも同じ仲間。だから木目がくっきり出る。
いっぽう、ブナやサクラのように道管が散らばる木は、木目がおだやかになります。
(このブナという木、安いのに侮れないという話を ビーチ材の意外な実力 にまとめています)


同じ環孔材で家具などに使われるタモの木目とも似ていますが、栗のほうがよりくっきりしています。
丈夫なうえに、表情もある。
食べる実だけでなく、材としても頼れる木だったのです。


↑栗の木の木材


縄文から、人を支えてきた木
これほど腐りにくく、頼りになる木。
では、人はいつから栗の、この強さに頼ってきたのでしょうか。
その答えは、思っているよりずっと昔にさかのぼります。



人が栗を頼りはじめたの、いつごろなんだ?



それがね、“つい最近”なんて話じゃないんだ。
直径1メートルの、栗の柱
青森県の三内丸山遺跡は、縄文時代の大きな集落のあとです。
年代でいうと、およそ5900年前から4200年前。
気が遠くなるほどの昔です。
この遺跡で見つかったものの中に、大型の掘立柱建物のあとがあります。
それを支えていたのが、直径およそ1メートルもある、6本の太い柱。
その柱に使われていたのが、ほかでもない栗の木でした。
(柱の上にどんな建物が立っていたのかは、いくつか説があり、はっきりとは分かっていません。)
腐りにくく、丈夫な栗。
その性質を、縄文の人々はとっくに見抜いて、建物の土台に選んでいたのです。
さらに興味深い話があります。
この遺跡から出土した栗をDNA鑑定したところ、それが野生のものではなく、栽培されていたものだと分かりました。
つまり縄文の人たちは、栗をただ拾って食べていただけではありません。
栗を植え、育て、管理していた。
食べる実をくれて、腐らない柱にもなる。
縄文の人々にとって栗は、暮らしをまるごと支えてくれる、えらばれた木だったのですね。


↑三内丸山遺跡
まとめ
食べ物としてしか見ていなかった栗の木。
こうして辿ってみると、ずいぶん違った顔が見えてきます。
- 初夏の花は、腐ったものに似た匂いで虫を呼び、花粉を運ばせる
- 接ぎ木ならおよそ3年で実をつけはじめる。桃栗三年は、ほんとうの話
- タンニンで腐りにくく虫に強いため、防腐剤なしで線路の枕木を支えてきた
- 縄文の人々は、直径1メートルの栗を柱に使い、栗を育てて暮らしを支えていた
匂いで虫を手玉に取り、腐らない強さで何千年も人を支えてきた、したたかでたくましい木。
それが、栗という木の素顔でした。
今年の秋、地面に落ちた栗を拾ったら、その実の向こうに立っている木のことも、少しだけ思い浮かべてみてください。














