
冬の終わりに鮮やかな花を落とすその椿の木。
ネットで情報を探してみると、それに関して“不穏”とも言える言葉をよく見ます。
まるで首が落ちるようで“縁起が悪い”───
そうした(断片的な)言葉に触れると、椿(つばき)の木を“距離を置きたくなる”存在に感じてしまいます。
でも、その真相はどうなのでしょうか?
今回のテーマは、そんな椿の木にまつわる“都市伝説”についてです。

オレ「椿は不吉」って聞いたぞ!それって本当なのか?



その噂有名だよね。ちょっと今回はそれを探ってみようか。



あんまり縁起の悪い話をうちにもちこむなヨ。
椿の木の「不吉」説はいったい“どこ”から?!
広く出回っている椿にまつわる都市伝説。
「花が丸ごと落ちるから不吉」説。
首が落ちる様子を連想させるから不吉、というものですね。
「なんか縁起が悪いから嫌やわ」と話を切らず、一旦立ち止まって考えてみます。
この噂は、“いつどんなところ”からスタートしたのか───
実は、これには二つの”説”があるようです。


“椿=不吉”の噂の起源①|明治初期に江戸っ子たちが言い出した説
ひとつは、明治初期に江戸っ子たちが言い出した、という説です。
幕末から明治は、薩摩・長州出身の人達が日本を動かした時代。
そんな新政府高官にもなった人達が大手を振って歩く様子に、江戸っ子たちは内心穏やかではなかったといいます。
その鬱憤(うっぷん)が、椿を好む薩長の人々への反感として、「椿は不吉だ」という言い回しにすり替わって広まった、というのです。
政治的な感情が、花のイメージに植え付けられたようなものですね。





蓋を開けてみたら、ただの「やっかみ」が原因カ



さつま?ちょうしゅう?



江戸後期から、明治維新にまでもっていった立役者たちだよ。
“椿=不吉”の噂の起源②|江戸時代の身分対立説
もうひとつは、江戸時代の身分対立にさかのぼる説。
町民vs武士の対立です。
江戸時代は“士農工商”の考えがあるとはいえ、商いで“実際のお金を握る”町民が力をつけた時代背景があります。
そんな町民の間で椿を庭先に植える文化が広がったのを見た武家が快く思わず、「首ごと花が落ちるから不吉だ」という噂を流した、というものです。





こっちの噂も、相手を貶めるネガティブキャンペーンに使わたってことカ



複雑な人間関係があったんだね。



そうだね、椿はネガキャンに利用された感はあるよね。
江戸時代には空前の大ブームだった「椿」
噂の起源として、両方の説とも信憑性があって大変面白いのですが、ここ事実がひとつだけあります。
それは、江戸時代においては、椿は「吉祥の木」として空前のブームを巻き起こしていたこと。
町人だけでなく、時の将軍から大名、までが、こぞって珍しい品種を愛でていたそうです。
現代でいうブランド品のような感覚でしょうかね。
茶の湯の世界でも、冬の厳しい季節に凛と咲く貴重な彩りとして重用されていました。



むしろ、本当のところは「縁起がいい」とされていたみたいだね



なんだそれならよかった!!もうこれで安心だ。



ホウ、ブランド品、、、さぞ儲けたヤツもいるんだろうナ
武士も潔いものとして「椿」をみていた
そんな「首が落ちるようで不吉」という噂の椿。
「合戦があったら戦う」武家においては、さすがに忌み嫌われただろう、と思うのですが、必ずしもそうではなかったようです。
むしろ、あの花の落ち方が「潔い」という美しさに変換され、愛でられていたとか。
武士的美学に合致したのですね。
(先ほどの「起源②」と反する部分もありますが)好かれ方は多々あれど、多方面から人気の木だったようです。


もっとある椿の歴史と文化
さて、“椿は不吉”説を追って行った先に、江戸〜明治時代にたどり着きました。
しかし日本における椿の文化は、そんなものではありません。
万葉集には椿の“ネタ”が9首も?
なんと、その名前は江戸時代から約1000年近く遡る奈良時代の『万葉集』にも見られます。
それも脇役的に、一回だけ奇跡的に出てくるだけではありません。
椿を詠んだ歌が実に9首も収められているのです。
【河上のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は】
川辺に一面と咲き並ぶ椿を、いくら眺めても見飽きることがない。
巨勢(奈良県の巨勢山(こせやま))の春の野は、それほど美しいものだなあ
という歌などが有名。
花の少ない早春に鮮やかな紅色を咲かせる椿の美しさは、今より1300年以上前から日本人の心を動かしていたことが分かるわけです。



1300年以上前から?!



そう考えると凄いよね。日本の文化の隣にあった感じもするね。



とするト、不吉説は近年の、人間関係から出てきたデッチ上げだったのカ
地域によっては“魔除け”の意味も?|新美南吉『牛をつないだ椿の木』
新美南吉さんという方の作品(童話)に『牛をつないだ椿の木』というものがあります。
(昭和18年に発表された作品ですが、物語の舞台は明治時代と想定されます)
その物語の中では、椿は不吉な存在どころか、村の境界、いわば“魔除け”的意味合いで登場しています。
意外かもしれませんが、椿は条件が揃えば10メートル近くまで成長する木。
ちょっとしたランドマークになってもおかしくない存在だったのです。
椿の木が生み出す、暮らしへのサポート
ここまで、椿の文化にまつわる話をしてきました。
それでは“木材としての”椿は有用だったのでしょうか?
実は「木材」としても特別な木?
実は椿の木は日本の広葉樹の中でも屈指の重さを持つ木材です。
乾燥させたあとの重さを示す「気乾比重」では0.8前後という“ずっしり感”。
また、「散孔材」ならではの滑らかな木肌。
さて、こんな椿の木、一体何につかわれてきたのでしょうか?
それは、また別の記事でご紹介しますね。



椿ってそんなに重いんだ!



毛がサラサラになる椿オイルってのもあるよナ?



そうそう!それはまた別の記事で。


↑椿オイル
まとめ|不吉のレッテルを貼られる前から
いかがだったでしょうか。
椿は、首が落ちるようでなんだか“不吉”───
その噂の大元は、政治的な感情や身分対立といった”人間側の事情”。
椿そのものではありません。
むしろ椿は、「不吉」というレッテルが生まれるはるか以前から、日本人にとって特別な花だったのです。



とりあえず、不吉じゃないって分かってよかった!



まぁこういうのは、どこまでいっても噂だからね。本当の真実は分からないけど。



いつの時代も、ネガティブキャンペーンがあるのだけは分かったナ。












