
「奇跡の木」と呼ばれる木をご存じでしょうか?
その名は“ヒバ”。
天然秋田スギ、木曽ヒノキと並び、「日本三大美林」の一つに数えられる木です。
とはいえ、その名を聞いてすぐにピンとくる人は、そう多くないかもしれません。
しかし、そんな“少し控えめな木”ヒバこそ、湿度の高い日本で、数々の歴史的建造物を支え続けてきた“縁の下の力持ち”でもあるのです。
今回は、そんなヒバが持つ驚くほどの力と、長い歴史をたどっていきます。
ヒバの木とは──ゆっくり育つ針葉樹
ヒバは、ヒノキアスナロという針葉樹の仲間で、日本にしか生えていない木です。
青森ヒバ、能登ヒバという呼び名のほうが、耳になじみがあるかもしれません。
(林野庁によると、日本にあるヒバの蓄積量の85パーセント強が青森県に集まっているそうです)
見た目はヒノキによく似ています。
針葉樹なので基本は柔らかい部類ですが、同じく柔らかいスギよりは、いくらか硬い手ごたえがあります。
そして、その成長はとてもゆっくり──
暗い森の中では、芽を出した若木が何十年も大きくならないまま、頭の上に光が差す日をじっと待ち続けるのだそうです。
青森の天然林で木材になるヒバは、樹齢200年を超えるものが多いといいます。
その長い時間のあいだに少しずつ蓄えていく「強さ」が、心材にたっぷりと含まれていく油分、ヒノキチオールです。

↑ヒバの木々
驚異の成分「ヒノキチオール」がもたらす力
ヒバが「奇跡の木」と呼ばれる最大の理由は、この「ヒノキチオール」という精油成分にあります。
名前に“ヒノキ”とついているのに、実はヒノキにはほとんど含まれず、ヒバにこそ多く含まれている、ちょっと不思議な成分です。
名前の理由は、見つかったときの事情にあります。
この成分が見つかったのは1936年のこと。
台北帝国大学の野副鉄男(のぞえてつお)という化学者が、台湾のヒノキ(タイワンヒノキ)の精油から取り出して、そう名づけました。
日本のヒノキにはほとんど無いと分かったのは、その後のことだったのです。
いまでは、ヒノキチオールはヒバの精油(ヒバ油)から取り出されています。
名前はヒノキ、中身はヒバ。
この成分こそが、ヒバを「奇跡の木」に押し上げたのです。

↑ヒバの葉
① 殺菌・抗菌・防腐作用
ヒノキチオールには幅広い菌をおさえる強い抗菌のはたらきがあるとされ、木材腐朽菌やカビといった“木の天敵”にも効いてきます。
そのおかげで、ヒバ材は水や湿気にさらされても腐りにくく、過酷な環境でも長く美しい状態を保つことができます。
(そもそも木を腐らせる腐朽菌が何者で、どんな条件がそろうと木が腐るのかについては、木が腐る原因の記事にてご紹介しています)

② 防虫作用
ヒバ特有の香りは、シロアリやダニ、ゴキブリにとっては苦手なもののようです。
林野庁の資料によれば、ヒバはスギなどよりシロアリに食べられにくく、ゴキブリを使った試験では、ヒバの成分40ミリグラムで48時間後にすべての個体が死んだという報告があります。
アレルギーのもとになるダニ(ヤケヒョウダニ)の動きをにぶらせることも、分かっているそうです。
まさに“人にとっては心地よく、虫にとっては苦手な香り”
天然の防虫効果を持つこの木は、建材として建物を長く守ってくれます。
(シロアリが家にどんな被害を及ぼし、どう防げばよいのかについては、木材の虫害・蟻害の記事で紹介しています)

③ 芳香
削りたてのヒバからは、爽やかで落ち着いた、それでいて強い香りが立ちます。
この香りの正体もまた、ヒノキチオールです。

↑ヒバのウッドチップ
「腐らない」を証明する物語
そんなヒバの強さを示す、印象的なエピソードをご紹介します。
①奇跡の柱:900年経っても朽ちない中尊寺金色堂
歴史の教科書にも出てくる岩手県・平泉の国宝「中尊寺金色堂」。
建てられたのは1124年。ちょうど900年ほど前のことです。
この堂の柱や長押には、ヒバがふんだんに使われていました。
青森県木材協同組合の資料によれば、使われた木材のじつに9割以上がヒバだったといいます。
そして1960年代、金色堂は一度すっかり解体されて、大修理を受けます。
建ってから、およそ840年。
中の木は、どうなっていたのか──
スギやクリで作られていた床板や根太は、腐りや虫食いがひどかったそうです。
ところがヒバの部材は、その7割以上が、そのまま再び使われました。
湿気の多い日本で、840年。
鎌倉時代からは覆堂に守られてきたとはいえ、木が朽ちずに堂を支え続けるのは、並の木にできることではありません。
金色堂が900年の姿をいまに伝えているのは、ヒバの底力があってこそ、なのです。

↑中尊寺金色堂
② 土の中で800年:猿ヶ森のヒバ埋没林
もうひとつ、今度は土の中の話です。
青森県の下北半島に、猿ヶ森という場所があります。
ここには「埋没林」と呼ばれる、埋もれたままのヒバの林があるのです。
林野庁の資料によれば、約800年前の大津波で、ヒバの林がそっくり埋もれてしまったのだそうです。
それから、800年。
掘り出された埋もれ木は、腐っているのが表面の2センチほどだけ。
中は、いまでも製材として使えるものがほとんどだといいます。
建物の中でも、土の中でも。
ヒバは、時間に負けない木なのです。

↑猿ヶ森の埋没林
③ いまも続く信頼:金沢城の門と橋
時代は下って2020年。
金沢城で復元された「鼠多門」と「鼠多門橋」にも、能登ヒバが使われています。
壁や床は無垢の能登ヒバで、橋の床板や高欄も木造。
雨に打たれ、人に踏まれる場所に、いまもヒバが選ばれているのです。

↑金沢の鼠多門橋
現代におけるヒバの活躍
ヒバは、その「腐らない」「虫を寄せつけない」特性を活かして、現代の暮らしの中でもさまざまなかたちで使われています。
住宅建材:湿気にさらされる土台、柱、外壁下地、水まわりの内装材など。
(高価な材でもあるので、ほとんどの住宅で使われているというわけではありません)生活用品:抗菌性を活かしたまな板やお箸、積み木など。
清潔さが求められる日用品にもぴったりです。精油製品:ヒバ油(精油)は、アロマや抗菌・防虫のスプレーなどに。

↑海産物などの下敷きにも
まとめ
いかがでしたでしょうか。
ヒバにヒノキチオール。
あまり聞きなれない名前だったかもしれませんが、
ヒバはヒノキと肩を並べる──いえ、性能によっては“ヒノキの上位互換”といっても過言ではない木です。
ヒバという文字を見た時に、「あっ!900年腐らなかった木だ!」そんな風に思い出していただけたなら幸いです。


