
枝の先で、白やピンク色の煙がふわりとかたまっている、ドライフラワーでおなじみのスモークツリー。
なんだかとってもおしゃれでカワイイ。
でもあのふわふわの正体は一体何なのか。
葉はごくふつうの木の葉なのに、あの部分だけ、いったい何でできているのか見当がつきません。
花なのか、種なのか、それとも綿毛なのか。
今回は、そんなスモークツリーの、“あの煙”の中身を確かめにいこうかと思います。






あの煙は、実になれなかった花の「柄」だった
先に答えを言うと、あの煙は花びらでも、種でもありません。
花を枝につないでいた、細い柄(え)です。
それも、実になれなかった花の柄でした。
スモークツリーは初夏、枝先に長さ15〜30センチほどの大きな房をつくり、そこに小さな花を無数に咲かせます。
一つひとつは直径5〜10ミリ、淡い黄色の花びらが5枚。
房の大きさのわりに、目をこらさないと分からないほど地味な花です。

ところが、この花のほとんどは、実になりません。
咲いたきり、途中で終わってしまう。
実らなかった花は、ふつうなら散っておしまいです。
スモークツリーは、ここからが違います。
花が終わったあと、残された柄のほうが、ぐんぐんと伸びはじめるのです。
伸びた柄には、長くやわらかい毛がびっしりと生えそろう。
それが房じゅうで起きて、枝先に輪郭のあいまいな塊ができあがります。
これで「スモーク」が完成するのです。

↑スモークツリーの小さな花

↑花の柄がのびていき、そこに毛が生えていく

↑おなじみのスモークツリー
あの毛は、何のためにあるのか
では、実にならない花の柄が、なぜわざわざ毛をまとうのでしょう。
房のなかには、ほんの少しだけ、実を結んだ花があります。
実の大きさは2〜3ミリ。煙にすっかり埋もれてしまう小ささです。
あの煙は、この小さな種のためにあります。
枝分かれした柄と毛が種を包みこみ、小さな動物や鳥を近づきにくくする。
やがて房がほぐれると、今度は風を受けて、種を親木から遠くへ運んでいく。
岩だらけの地面なら、転がっていくことさえあるそうです。
実になれなかった大勢の花が、実になれた少しの種を守り、旅に出す。
あの煙は、そういう仕掛けだったのです。

↑スモークツリーの種
大きな煙は、雌の木だけのもの
ところで、種をつけるのは、すべての木ではありません。
スモークツリーには、雄の木と雌の木があるのです。
そして、あの大きな房をつけるのは、雌の木のほうだけ。
種を運ぶための仕掛けだと思えば、うなずける話です。
同じスモークツリーでも、株によって煙の立ち方がずいぶん違うのですね。
煙、霞、そして仏具|あのふわふわの呼ばれ方
この木の故郷は、南ヨーロッパから中央アジア、ヒマラヤを越えて中国の北部まで。
ずいぶん広い土地に生えてきた木です。
英語の名前は、スモークツリー。煙の木です。
日本にも、ケムリノキ、カスミノキ(霞の木)という別名があります。
煙と見るか、霞と見るか。
見立ては違っても、目がいく場所は同じだったわけです。
なかでも変わっているのが、正式な和名の「ハグマノキ」。
ハグマは「白熊」と書きますが、シロクマのことではありません。
ヤクという動物の、尾の毛を指す言葉です。
(ヤクはチベット高原などに生息するウシ科の動物です)

↑ヤク
その毛を束ねた仏具に、「払子(ほっす)」があります。
僧侶が手に持って、ふわりと振る、あの道具です。
枝先のふさふさが、その払子に似ている。
そこから、ハグマノキと名づけられたと伝わります。
海の向こうで煙に見えたものが、日本ではお寺の道具にも見えていたのですね。

↑払子イメージ
「染物屋のスマック」と呼ばれた木
ところが英語には、あのふわふわとは関係のない、古い呼び名も残っています。
ヴェネツィアン・スマック。あるいは、ダイヤーズ・スマック。
訳せば「染物屋のスマック」です。
スマックは、ウルシの仲間の木を指す言葉。
スモークツリーはウルシ科の木で、学名をコティヌス・コッギグリアといいます。
では、なぜ染物屋なのか。
この木の幹の内側、心材からは、黄色い染料がとれたのです。
その名を「ヤングフスティック」といいます。
中世からのヨーロッパ、とくにイタリアで、絹や羊毛を染めるのに広く使われ、19世紀まで大事な商品でした。
染物屋にとってのこの木の値打ちは、枝先の煙ではなく、幹のなかの黄色にあったわけです。
ここで、名前を整理しておきます。
・和名:ハグマノキ(白熊の木)。別名にケムリノキ、カスミノキ(霞の木)
・流通名:スモークツリー(煙の木)
・学名:コティヌス・コッギグリア(Cotinus coggygria)。
・英語の古い呼び名:ヴェネツィアン・スマック(Venetian sumach)、ダイヤーズ・スマック(dyer’s sumach)
消えていった黄色
ただし、この黄色には弱点がありました。
色があせやすかったのです。
時がたつと、鮮やかな黄色は、少しずつ赤茶けた色へと移っていってしまう。
やがて化学的に作られた染料が現れると、その役目を明け渡していきました。
黄色は舞台を降り、煙のほうが残った。
いま私たちがこの木を「スモークツリー」としか呼ばないのは、そういういきさつです。

まとめ
いかがでしたか、スモークツリーの煙の正体についてのお話。
・あの煙は、実になれなかった花の柄が伸びて、毛をまとったもの
・その役目は、わずかに実った種を守り、風に乗せて運ぶこと
・大きな煙をつけるのは、雌の木だけ
・日本では仏具の払子に見立てられ、ヨーロッパでは黄色い染料の木として使われてきた
私たちが、おしゃれなふわふわとしてみていた中には立派な植物としての生存戦略が隠れていたのですね。
そう思うと変わったカタチの木や植物たちの「カタチの意味」をどんどん紐解いていきたくなりますね。


